現代アーティストとして国内外で活躍する、AKI INOMATAさん。ヤドカリやミノムシ、インコや犬など、さまざまな生き物と共に、作品を制作してきました。鋭い視点で捉えた現代社会の特徴や、アーティストとして生きる楽しさ、難しさ。そして、現代アートが私たちに教えてくれることについて伺いました。
「違和感」から作品が生まれる
私のクリエーションのもとは、違和感です。私は東京生まれ東京育ちなので、「自然」って言われてもあまりピンときません。ただ、私が通っていた小学校の敷地内には、草木がたくさんあって、緑の多い学校と、アスファルトで埋め尽くされた都会とを行き来する日々を過ごしていました。その状況に、子供ながらに違和感を覚えたのが発端です。
人の手によって作られた都市に住む一方で、「自然」というものに憧れる気持ちがあります。この2つを、もう少し結びつけてみたいんです。私たちの社会を捉え直して、さまざまな境界を揺さぶるような作品を作りたいと思っています。
生き物とのコラボレーション
例えば、『やどかりに「やど」を渡してみる』という作品。フランス大使館での展示のために制作したのですが、フランス大使館って東京の麻布にあるけれど、あそこは「フランス」なんですよね。私のなかで、これはすごく不思議なことでした。そこでは、たくさんの人がフランス国籍から日本国籍になっていて、日本国籍からフランス国籍なる人もたくさんいて。そこに対する気づきや「あれ?」という思いが、制作のもとになっています。ニューヨークにレジデンスに行ったり、海外で展示したりを繰り返すなかで、自分自身もヤドカリだと思うときもあります。
生き物とは、コラボレーションする気持ちで制作をしています。それぞれの生き物によって、関わり方はかなり違います。例えば、アサリは、成長線を調べて、観察している関係性で作品づくりをしています。一方で、ミノムシや、インコや、ヤドカリは、彼ら自身が主人公の作品。毎回、テーマによってもコラボレーションする生き物によっても変わります。
自分に嘘をつかない
アーティストとして生きていくのは、すごく難しい。「こうすれば絶対に大丈夫」みたいなルールもないし、実績を積み重ねてもダメなときもあるし、時の運みたいなのもきっとある。そう考えると、不安定極まりない職業なんです。でも、学生のときに一時期作るのやめてみたら、すごく苦しかったんです。だから自分は、アーティストとしてやっていくしかないな、という感じです。
大事にしているのは、心を透明にすること。雑事に追われがちですが、そんななかでも、きちんと研究する時間を作ったり、作品が二転三転したときに、本当は何をしたかったんだっけ?と立ち返ったり。自分に言い訳しないように、自己欺瞞しないように、気をつけています。
「こうなりたい」とか「こうしたい」とかを封じ込めちゃう人って、多い気がするんです。「安定した方がいいんじゃないか」とか「常識的な道を選んだ方がいいんじゃないか」とか。でも完全に安全なセレクトなんて、実は意外とない。だから私は、自分が本当に好きなことをやっていきたいし、もっとそういう人が増えるといいなと、思っています。
©AKI INOMATA courtesy of MAHO KUBOTA GALLERY
自分の頭で考えるために
現代は、なにかと嘘が多い時代だと思っています。「常識ではそう言われているけれど、本当にそうかな?」って、自分の頭であまり考えないことが多いです。考えないことに慣れると、考えるのって苦痛だと思うんです。でもやっぱり、自分でしっかり考えてみると面白いこともあります。そのきっかけとして、現代アートはすごくおすすめです。いろんなアーティストの、本当に多種多様な気づきであふれているので、そこから考え始めてみてほしいです。
私は現代アートを観ていると、救われるんです。つらかったり、行き詰まったりしたときに美術館に行きます。「やっぱり、これでいいんだな」と思えたり、作者の意図に共感したり。
現代アートには、どちらかというと、弱者の視点から生まれた作品も多いです。マスコミが取り上げるようなニュースだけじゃなくて、一市民の視点や、少数派の意見などを丹念に拾い上げて、集めている作家さんもたくさんいます。普段は考えないような、自分にはなかった価値観にハッとさせられることもあります。もちろん、ものすごく綺麗だったり、構図が面白かったり。本当にいろいろな作品があるので、自分の刺激にもなります。今アートに興味がない方も、気に入った作家さんを見つけたら、そこを入り口にすると、たぶん、どんどん好きなものが見つかると思います。
世界って、不思議でいっぱいだと思うんです。現代の、知らず知らず考えることをやめてしまっている状況に、抗っていきたいですね。
答えは一つじゃない
海外では、専門家じゃない方も感想をどんどん言ってくれます。いろいろな人が、次々と話しかけてくる。でも日本ではあまり、感想を直接言われないんです。きっと「正解がある」と考えている人が、多いんですよね。「自分にはその正解がわからないから、言っちゃいけないんだ」って思っているのかもしれない。でも、アートは学校の試験ではないので、一つの正解があるわけではありません。むしろ、人の数だけ答えがないとダメなんです。思ったことを言葉にするのって難しいですが、でもきっと感じたことはあると思うので、言って欲しいですね。
限界を越える
私は初めから、インターナショナルに活動したいと思っていました。現代アートって、国内だけでは完結しない世界なんです。今は動きやすい年齢だから、できるだけいろんな国で展示をしたり、学生の頃にはできなかった大きな規模のものを作ったり、なかなか実現できなかったプランにも挑戦したいです。今年も、十和田市現代美術館で個展が決まり、今は新作をつくっています。かつて十和田市にいた、南部馬をテーマにする予定です。
今は「行けるところまで行ってみよう」という気持ちです。学生の頃に持っていた夢は、すでに叶った部分もありますが、続けていく大変さも感じています。限界を、越えていきたいです。
AKI INOMATA いのまた・あき
現代美術家。2008年東京藝術大学大学院先端芸術表現専攻修了。主な作品に、3Dプリンタを用いて都市をかたどったヤドカリの殻をつくり実際に引っ越しをさせる「やどかりに『やど』をわたしてみる」、飼犬の毛と作家自身の髪でケープを作ってお互いが着用する「犬の毛を私がまとい、私の髪を犬がまとう」など。
近年の展覧会に、「タイビエンナーレ 2018」(クラビ市内、タイ、2018)、「Aki Inomata, Why Not Hand Over a “Shelter” to Hermit Crabs ?」(ナント美術館、フランス、2018)、「Coming of Age」(Sector 2337、シカゴ、2017)などがある。 2017年ACCの招聘でニューヨークに滞在。